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広島高等裁判所松江支部 昭和26年(ネ)4号 判決

控訴人・附帯被控訴人 第一審被告 米子税務署長

指定代理人 米沢久雄 外三名

控訴人・附帯被控訴人 第二審において変更して追加された被告 広島国税局長

指定代理人 米沢久雄

被控訴人・附帯控訴人 第一審原告 久家庫造

訴訟代理人 田中秀次

主文

原判決を次のとおり変更する。

本件訴のうち、被告税務署長が昭和二三年二月五日なした原告に対する昭和二二年度分所得金額確定更正決定の取消を請求する部分は、これを却下する。

広島財務局長が昭和二四年一月二六日なした原告に対する昭和二二年度分所得金額審査決定中、所得金額として金九七万五三八〇円とある部分を金八八万四七一七円と変更する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分して、その九を原告の負担とし、その余を被告等の負担とする。

事実

被告等の指定代理人は「原判決中、原告のその餘の請求を棄却するとある部分を除いた部分を取消す。原告の請求を棄却する。原告の本件附帯控訴を棄却する。訴訟費用は、第一、二審を通じ、原告の負担とする」との判決を求め、原告代理人は「原判決中、原告のその餘の請求を棄却するとある部分を取消す。被告税務署長が昭和二三年二月五日なした原告に対する昭和二二年度分所得金額確定更正決定を取消す。被告国税局長の前身たる広島財務局長が昭和二四年一月二六日なした原告に対する昭和二二年度分所得金額審査決定中、所得金額として金九七万五三八〇円とある部分を金八〇〇〇円と変更する。被告等の本件控訴を棄却する。訴訟費用は、第一、二審を通じ、被告等の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方事実上の主張は、双方代理人がそれぞれ左記のとおり陳述し、且、被告国税局長関係部分につき、それぞれ被告税務署長関係の従前の主張を援用する旨述べた外、原判決摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

原告代理人の陳述

一、原告の妻訴外久家佐多子は、昭和八年頃子宮疾患によつて、子宮剔除のため開腹手術を受け、爾来夫婦生活を完全に営むことができなかつた。而かも、同女には原告との間に、全く子供がなかつたので、原告は、かかる事柄が将来夫婦間の不和を招き、惹いては、家庭内の紛争として発展するに至るべきことを秘かに憂慮し、豫めこれを防止する手段、方法を考えた結果、ここにおいて、同女の精神的拠り所を映画興行に求めんとするに至つたのである。偶本件劇場が公売処分に附せられたので、同女自らをして代金の大半を出捐せしめ、原告は若干の不足分を補つて右劇場を競落し、同女をしてこれを取得せしめた上、爾来原告は、同女と協力して映画興行を経営したのである。即ち、本件劇場は、登記簿上明らかであるように、当初から同女の所有するところであつたのである。従つて、これを売却して得た代金は勿論、賃貸して得た家賃も、当然同女の所得に帰したものであるのに拘らず、これ等を以て原告の所得であるということを前提となしてした本件更正決定及び審査決定がいずれも違法の処分であることは、極めて明らかである。

二、佐多子が本件劇場を訴外株式会社大劇場に売渡した際の売買代金が金三〇万円であつたことについては、買主たる大劇場側から、当時被告税務署長にこれを届出でたところ、同被告においてもこれを承認した上、これを基礎として大劇場に対する課税決定をなしたのである。又、原告の昭和二二年五月から同年八月までの期間中の興行による所得に関しても、当時原告から被告税務署長に入場料金等の届出をなして、同被告の承認を受けたのであつて、この事項も既に確定している筈である。

三、原審において、原告は、被告税務署長がなした更正決定中所得金額の変更を求めたのであるが、本訴係属中、被告国税局長の前身たる広島財務局長がなした審査決定は、右更正決定の所得金額よりも多額の所得金額を定めたのであるから、ここに当審において、附帯控訴をなした上、本件訴のうち、右更正決定に関する部分につき、訴変更の申立をなし、改めて該更正決定の取消を求めると共に、本件審査決定中所得金額の変更を求めんとするものである。従つて、右審査決定に関する部分につき、被告をその処分行政庁たる広島国税局長に変更してこれを追加すべく申立てた次第である。

被告等の指定代理人の陳述

一、当審において、原告が訴変更の申立をなし、併せて、被告を変更してこれを追加すべく申立てた点につき、右訴変更の申立は、それが単なる請求の趣旨拡張の程度に止まる場合ならば格別、本件において、原告がなしたるが如き訴変更の申立は、訴の提起期間の関係から考えても、当然許すべからざるものである。元来、本件更正決定と審査決定とは、所得の金額に関する点を異にするのみであつて、その種類、内容等に関しては同一のものであり、右更正決定の当否についての確定判決は、行政事件訴訟特例法第一二条により、当然にその効力が右審査決定にも及ぶものであるから、右訴変更の申立は、全く無意義であるというべく、従つて、これを前提として、原告がなした被告の変更、追加の申立も、これ亦許すべからざるものといわなければならない。

二、原判決事実欄中の第六枚目裏一〇行目以下の必要経費に関する記載部分のうち、純収入を推測する割合として二割とある点は、いずれもこれを二割四分と訂正する。

三、昭和二二年五月から同年八月までの期間中の原告の興行による収入は、合計金四二万七二四二円となるのであるが、その内訳は、次のとおりである。即ち、五月分金一〇万七三〇七円五〇銭、六月分金八万六五九七円五〇銭、七月分金三四九五円(演芸)及び金一〇万三五六五円(映画)、八月分金五万四九二〇円(演芸)及び金七万一三五七円(映画)であつて、右八月分のうち金七万一三五七円(映画)は、同月中の入場料収入金一〇万七〇二五円のうち、原告自身が興行を経営した同月二〇日までの分として、その三分の二を算出したものである。而して、右収入合計金四二万七二四二円に所得割合二四パーセントを適用して算出すれば、原告の興行による所得は、金一〇万三三六八円となるのである。(被告等の指定代理人提出に係る昭和三一年二月八日附準備書面に、金一〇万三三六八円とあるのは、金一〇万二五三八円の誤記であることは、算数上明らかである。)

証拠関係は、原告代理人が当審において、甲第八号証の一乃至四、第九号証の一乃至三及び第一〇、一一号証を提出し、当審における証人岩永喜六、諭里信三の各証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙第九号証の一乃至三、同号証の六、同第一〇号証の一、二同第一一号証、同第二六、二七号証の各一、二及び同第二八号証の各成立を認め、被告等の指定代理人が当審において提出に係るその余の乙各号証の成立につき、いずれも不知を以て答え、又、被告等の指定代理人が原審において提出した乙第五号及び第七号証を撤回した上、当審において、改めて新たなる乙第五号及び第七号証を提出し、更に乙第九号証の一乃至七、第一〇号証の一乃至五、第一一乃至第一三号証、第一四号証の一乃至七、第一五号証の一、同号証の二の(一)(二)及び三乃至一二、第一六号証の一、二第一七乃至第一九号証、第二〇、二一号証の各一、二第二二乃至第二五号証、第二六号二七号証の各一、二並びに第二八号証を提出し、当審における証人成合久司、服部賀寿男の各証言を援用し、甲第八号証の一及び四並びに同第九号証の一の各成立を認め、原告代理人が当審において提出に係るその余の甲各号証の成立につき、いずれも不知を以て答え、原告代理人が原審において提出した甲第五号証の三の成立を認めてこれと同号証の一を利益に援用し、なお、双方代理人が、被告国税局長関係部分につき、それぞれ被告税務署長関係の従前の証拠関係を援用する旨述べた外、原判決摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

よつて、先ず、本件訴のうち、被告税務署長がなした更正決定に関する部分につき、その適否について按ずるに、原告は、原審において、右更正決定中所得金額の変更を求めていたところ、その後当審において、訴変更の申立をなし、改めて該更正決定の取消を求めると共に、被告国税局長の前身たる広島財務局長がなした審査決定中所得金額の変更を求めるに至つたのであるが、訴の提起自体に関し、当裁判所は、本件訴は訴の提起期間内になされた適法のものであると判断する。而して、その理由は、原判決において説示したところと異らないから、ここにこれを引用する。よつて、本件訴は訴の提起期間経過後になされた不適法のものであるとの被告等の主張は、これを採用することができない。

次に、職権を以て、本件訴のうち、被告税務署長がなした滞納処分に関する部分につき、その適否について按ずるに、当裁判所は、訴の提起自体に関し、何等の瑕疵もないものと判断する。而して、その理由は、これ亦原判決において説示したところと異らないから、これを引用する。

又、被告等は、原告が当審においてなした訴変更の申立及びこれを前提とする被告の変更、追加の申立はいずれも許すべからざるものである旨主張するのであるが、被告等の指定代理人は、昭和三〇年一一月一六日の当審第八回口頭弁論期日において、原告の右申立に対し、異議がない旨陳述した上、本案について弁論をなしたのであるから、被告等としては、既にかかる主張をなし得ないところであるといわなければならない。ところで、原告がなした右申立につき、職権を以て、その適否について按ずるに、本件におけるが如く、原処分たる更正決定の所得金額よりも多額の所得金額を定めた審査決定がなされた場合、原告申立に係る訴の変更は、請求の基礎に変更がある場合に該当しないから、たとえ、第二審の段階においても、原則としてこれを許すべきものと解する。而して、本件における右訴の変更は、決してこれを以て著しく訴訟手続を遅滞せしめるものと称し得ないことは、審理の経過に鑑み明らかであるけれども、唯、訴の提起期間に関する行政事件訴訟特例法第五条の適用に関し、若干の疑義なしとしない。即ち、右変更の申立に係る本訴請求の趣旨のうち、広島財務局長がなした審査決定に関する部分は、一応、同条第一項及び第三項のいずれの場合にも牴触するかのようであるけれども、本件更正決定は、右審査決定に吸収されて存続しているものと解すべきことは、後段において説示するとおりであつて、前者の取消又は変更を求める請求と後者のそれとは、実質的には同一の処分を対象とする場合と同一視すべきであるから、本件訴の変更、就中、右審査決定に関する部分の申立を以て行政事件訴訟特例法第五条第一項及び第三項に違反するものということはできない。従つて、本件審査決定に関する部分につき、被告をその処分行政庁たる広島国税局長に変更してこれを追加することは、たとえ、第二審の段階においても、これ亦当然に許すべきものといわなければならない。更に被告等は、広島財務局長がなした審査決定によつて、原処分たる更正決定は、失効したから、本件訴のうち、右更正決定に関する部分につき、原告は訴の利益を有しない旨主張するから、この点について按ずるに、原告は、前叙の如く、当審において、訴変更の申立をなしたのであるが、当裁判所は、右訴の変更以前の段階において、右更正決定の変更或は取消を求めるにつき、原告は訴の利益を有していたものと判断する。而して、その理由は、原判決において説示したところと異らないから、ここにこれを引用する。即ち、本件更正決定がなされた当時施行中の所得税法(昭和二二年法律第一四二号によつて改正された所得税法)の適用に関し、財務局長のなす審査決定において、これが審査の対象とされる事項は、専ら原処分たる更正決定の当否に在り、決して原処分と無関係に全く別個の調査に基いてなす処分ではないと解する。従つて、財務局長が原処分たる更正決定を以てこれが正当であると判断したときは、審査請求を棄却することにより、原処分たる更正決定の効力を維持すべきものであるといわなければならない。ところで、本件において、広島財務局長がなした審査決定によれば、更正決定の所得金額よりも多額の所得金額を定めているのであるが、叙上の法理を基礎として、右審査決定の趣旨につき合理的解釈を試みるに、結局、原処分の所得金額の限度内において、審査請求を棄却し、且、右金額を超過する部分については、財務局長固有の代執行権に基き、原処分の所得金額を補充せんとするに在ることは、自ら明らかである。然らば、右審査決定によつて、原処分たる更正決定は、形式上独立の存在を失つたものということができるとしても、その効力はなお当然に存続しているものというべく、本件更正決定は、本件審査決定に吸収されて存続しているものといわなければならない。然らば、原処分たる右更正決定が失効したということを前提とする被告等の主張は是認し難い。

さて、職権を以て、原告申立に係る訴の変更以後の段階において、本件訴のうち、右更正決定に関する部分につき、原告が訴の利益を有するか否かの点について按ずるに、本件審査決定の当否に関する確定判決の効力が当然に原処分たる更正決定にも及ぶことは、行政事件訴訟特例法第一二条に照し、毫も疑を挿む余地がない。されば、原告としては、訴変更の申立に当り、審査決定中所得金額の変更を請求するを以て足り、更正決定の取消を求める必要は全くないものといわなければならない。結局、本件訴のうち、更正決定の取消を請求する部分につき、原告は訴の利益を有しないことに帰着するから、本件訴のうち、右該当部分は、不適法のものとしてこれを却下しなければならない。

よつて、進んで本件審査決定の所得金額が正当であるか否かにつき、被告等主張に係る各所得について、逐次検討を試みよう。

一、資産の譲渡による所得に関する点について。

本件劇場等即ち米子市角盤町三丁目一四五番、一一一番、一一二番、一二六番、一三九番、八四番所在家屋番号同町六六番、木造スレート葺二階建事務室、劇場一棟外附属建物二棟、附属電話及び営業用什器が原告或いはその妻訴外久家佐多子のいずれの所有であつたかの点及び売買代金の金額に関する点を除き、昭和二二年八月一八日附を以て、右劇場等が一括して訴外株式会社大劇場に売渡されたことは、当事者間に争がない。被告等が原告はその所有に係る右劇場等を売却したものである旨主張するのに対し、原告は、右劇場等は当初から佐多子の所有に係り、右売買の売主は飽くまでも同女であつて、原告は単なる代理人として取引に関与したものにしか過ぎない旨主張するところである。而して、成立に争がない甲第三号証によれば、右劇場については、従前同女の所有名義で登記されていたことが明らかであり、又、原審証人田中馨、久家佐多子の各証言並びに原審及び当審における原告本人の供述中に、恰も原告の右主張に符合する部分がある外、成立に争がない甲第二号証の二、乙第一一号証並びに前顕証人田中馨の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第四号証にも右同様の記載部分がある。ところで、成立に争がない甲第二号証の一及び前顕同号証の二によれば、原告は、昭和二二年度分の所得に関する申告をなした際、右劇場等の譲渡による所得をも自己の所得として申告し、且、審査請求をなした際にも、当初は単にその金額の相違のみを不服申立の理由としていたこと、然るに、右審査請求の時から約二箇月経過後たる昭和二三年五月二二日に至り、審査請求の内容訂正願を提出して、右劇場の従前の所有者は原告ではなく、佐多子の所有であつたことが判明したということを理由として、審査請求の内容訂正方申出でたことが明らかであるが、この事実に鑑み、従前、佐多子の所有名義で登記されていたことにつき、疑問を抱かざるを得ない。又、前顕証人久家佐多子の証言の内容と前顕原告本人の供述の内容とを対比して仔細に検討するに、重要な事項に関する点について矛盾があることを否定することができない。結局、右証言及び供述部分は、諸般の証拠、例えば、成立に争がない乙第九号証の一乃至三及び同第一〇号証の一、二、原審及び当審における証人成合久司の証言、当審証人服部賀寿男の証言並びにこれによつて真正に成立したものと認められる乙第七号証、同第九号証の四、五、同号証の七、同第一〇号証の三乃至五、同第一二、一三号証、同第一四号証の一乃至七、同第一五号証の五、同第一六号証の一、同第一七、一八号証及び同第二一号証の一、二に照し、到底これを信用することができない。却つて、右各証拠の外、これ等と成立に争がない乙第六号証の一乃至三及び前顕証人服部賀寿男の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第五号証とを綜合し、前叙のような原告が審査請求をなした後その内容訂正方申出でるに至つた経緯を念頭に置いて本件の真相を考察するに、本件劇場等は当初から原告の所有であつたが、便宜上妻佐多子の所有名義で登記していたに過ぎないこと、従つて、これを訴外大劇場に売渡した際の売買契約の売主は原告であつたけれども、登記簿上佐多子の所有名義となつていた関係上、契約書には恰も原告が佐多子の代理人として契約を締結したかの如く記載し、又、登記申請書には登記義務者として佐多子の氏名を記載したものであることが認められる。

よつて、本件資産の譲渡による所得は、原告自身の所得であることを断ずるに足り、右認定を覆すに足る証拠はない。

次に、右売買代金の金額に関し、被告等が金二〇〇万円であると主張するのに対し、原告は、これを以て金三〇万円に過ぎないと主張し、前顕証人田中馨、久家佐多子の各証言及び原告本人の供述中恰も原告の右主張に符合する部分があり、又、前顕甲第二号証の一及び同第四号証にも右同様の記載部分があるけれども、前顕乙第一一号証によつて、右売買による所有権移転登記申請の手続をなした際、申請書に建物価格として金五二万三〇〇〇円と記載した事実が認められることに徴しても、右各証言、供述、記載部分が到底いずれも信用するに足らず、原告の右主張は全くとるに足らないものであることが明らかである。その他、真実の売買代金の金額につき、原告は何等の立証もなさないところであるが、成立に争がない乙第四号証、前顕乙第一五号証の五、同第一六号証の一及び証人成合久司、服部賀寿男の各証言、真正なる公文書と推定し得る乙第三及び第八号証並びに右証人服部賀寿男の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一五号証の一、同号証の二の(一)(二)、同号証の三、四同号証の六乃至一二、同第一六号証の二、同第一九号証及び同第二二乃至第二五号証を綜合すれば、右売買代金の金額が尠くとも金二〇〇万円以上であつたこと、而かも、右売買取引が実際に行われたのは、昭和二二年七月三一日頃であつて、その頃、代金の支払が完了したこと、併しながら原告は同年八月一八日頃まで引続き自ら興行を経営したことを認めることができる。

叙上認定の事実を基礎として本件資産の譲渡による所得の金額を算出するに、本件劇場等が昭和二一年法律第五二号財産税法による調査時期以前に取得されたものであることについては、当事者間に争なく、右劇場の賃貸価格が金二六一五円であることは、前顕乙第一一号証によつて明らかであつて、又財産税法第二六条第一項に基き右劇場等に適用すべき評価倍数が七〇倍と定められたことは、当裁判所において顕著なるところである。而して、附属電話及び営業用什器の右調査時期における価格がいずれも被告等主張のとおりであることは、弁論の全趣旨を通じ、当事者間に争いがないものと認められるから、本件資産の譲渡による所得の金額が、被告等主張のとおり、金八二万九五五円であることは、算数上明白であるということができる。

二、建物賃貸による所得に関する点について。

原告は、本件劇場が妻佐多子の所有するところであつたということを前提とし、被告等の主張を否認するのであるが、右登記簿上所有名義の如何を問わず、右劇場の実質上の所有者が原告であつたことは、前叙認定のとおりである。さて、前顕乙第五号証によれば、原告が昭和二一年九月頃から昭和二二年四月頃までの期間、右劇場を訴外みづほ文化株式会社に賃貸し、その間、昭和二二年一月以降の賃貸料として、合計金七万四三五〇円の支払を受けたことが認められる。これから控除すべき必要経費に関しては、原告において何等の主張、立証もなさないのであるが、その必要経費の割合を収入の二割五分と推計すべきであるとの被告等の主張は合理的であると認められるから、これによつて原告が得た純収入を計算するとき、本件建物賃貸による所得が、被告等主張のとおり、金五万五七六二円となることは、これ亦算数上明らかである。

三、興行による所得に関する点について。

原告が、昭和二二年五月一日から同年八月一八日頃までの期間、右劇場を自ら使用して興行(主として映画興行)を経営したことは、当事者間に争がない。右興行による所得につき、被告等がその金額は、合計会一〇万三三六八円となる旨主張するのに対し(被告等の指定代理人提出に係る準備書面に、金一〇万三三六八円とあるのは、金一〇万二五三八円の誤記であることは、前記のとおり)原告は、合計金八〇〇〇円に過ぎないと主張するところであるが、成立に争がない甲第五号証の一、乙第二六号証の一、二及び同第二七号証の一、二を綜合すれば、右期間中の原告の興行による収入は、五月分金一〇万七三〇七円五〇銭、六月分金八万六五九七円五〇銭、七月分金三四九五円(演芸)及び金一〇万三五六五円(映画)、八月分金五万四九二〇円(演芸)以上合計金三五万五八八五円であることが認められる。被告等は、右乙第二六号証の二の記載を根拠とし、原告の興行による収入としては、右の外八月分の入場料収入金一〇万七〇二五円(映画)のうち、原告自身が興行を経営した同月二〇日までの分として、その三分の二に相当する金七万一三五七円があり、結局、原告の興行による収入は、合計金四二万七二四二円となる旨主張するけれども、右乙第二六号証の二の記載と同第二七号証の一、二の各記載とを彼此対比して仔細に検討するに、当時、被告税務署長においては、右八月分の入場料収入金一〇万七〇二五円(映画)につき、一応これを本件劇場の譲受人である前記大劇場の経営者たる訴外田中嘉作の収入として処理したものであることが窺われ、この事実を念頭に置いて考察すれば、右金一〇万七〇二五円(映画)の三分の二をも原告の収入であると認めるべきであるとの被告等の主張は、容易にこれを是認することができない。その他、原告の興行による収入として、前叙認定の合計金三五万五八八五円以外の分があるということを断ずるに足る資料はない。ところで、必要経費に関する点について按ずるに、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認め得る甲第五号証の二並びに成立に争がない同第八号証の一及び四によれば、当時原告が映画フイルム借賃合計金二九万一五〇〇円、電気料合計金八七三三円六〇銭及び広告料合計金四二五〇円を支払つたことが認められ、いずれも興行のための必要経費として控除すべきものであるというべきである。なお、当審証人岩永喜六、諭里信三の各証言及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第八号証の二、三によれば、当時原告が従業員給料として合計金三万四四五三円及び印刷代金として合計金二万一〇五〇円を支払つた事実が認められるようであるけれども、右各証言によつても、右甲第八号証の二、三の各証明書は、いずれも原告の依頼に基き、而かも、或る程度その内容について原告の指示を受けて作成されたものであることが窺われ、右甲第八号証の二、三の各証明書の記載内容は、全面的には容易にこれを信用することができない。併しながら、映画等の興行を経営する以上、或る程度の従業員を使用し、又、ポスター等を印刷する必要があることは、これを否定することができない。この点につき、被告等は、所得割合二四パーセントを適用すべき旨主張するけれども、映画フイルム借賃、電気料、広告料等の必要経費につき、或る程度確実な資料がある本件において、被告等が主張するいわゆる推計方法を直ちに採用するのは、妥当を欠くものといわなければならない。結局、原告の興行による所得の金額を確定するに足る資料のない本件においては、原告が自認する金額たる金八〇〇〇円を以て本件興行による所得と認める外なしといわざるを得ない。以上の外、原告に他の何等かの所得があつた事実については、被告等において何等の主張、立証もなさないところであるから、結局、原告の昭和二二年度における所得金額は、叙上認定の資産の譲渡による所得、建物賃貸による所得及び興行による所得を合算した金八八万四七一七円であると断定することができる。然らば、広島財務局長において、原告の同年度所得金額を金九七万五三八〇円と定めた審査決定は、その超過部分に関する限り、違法であるといわざるを得ないから、その変更を求める原告の本訴請求は、審査決定の所得金額を金八八万四七一七円と変更する限度においてのみ正当としてこれを認容すべく、その余の請求は、失当としてこれを排斥しなければならない。

次に、被告税務署長が昭和二三年九月二七日なした本件滞納処分の取消を請求する部分について按ずるに、被告税務署長が、原告主張の如く、本件更正決定に基き、原告に対する滞納処分をなしたことは、当事者間に争がない。抑も、本件審査決定によつて更正決定が失効したものと解すべきではなく、更正決定は審査決定に吸収されて存続しているものと解すべきことは、既に説示したところによつて明らかであるが、本件において、原告の昭和二二年度における所得金額を以て、金八八万四七一七円と断ずべきことは、前叙認定のとおりであり、従つて、本件更正決定も、右認定の所得金額を超過する部分に関する限り、これ亦違法であるといわなければならない。然らば、右更正決定に基いてなした本件滞納処分にも、或る程度の瑕疵があるものと考えられないこともないが、併しながら、本判決によつて右更正決定の所得金額たる金九六万六一四〇円のうち、金八八万四七一七円の限度において、適法のものであるとして是認された以上、本件滞納処分自体に、これを取消さなければならない重大な瑕疵があるということはできないから、その取消を求める原告の本件請求は、これ亦その排斥を免れない。

然らば、原判決中、当裁判所の叙上の判断に牴触する部分が不当であることは、言を俟たないから、その範囲において、原判決はその是正を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田建治 裁判官 組原政男 裁判官 黒川四海)

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